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東京高等裁判所 昭和41年(う)771号 判決

被告人 幡野隆雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

当審訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人並に弁護人内藤亥十二、同佐々木不温各提出の控訴趣意書及び弁護人佐々木不温、同名波倉四郎共同作成提出の控訴理由補充書(但し第一の内一乃至五は当公廷で撤回する)記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

被告人の控訴趣意中事実誤認の主張、及び弁護人内藤亥十二の控訴趣意一、同佐々木不温の控訴趣意第一点(同佐々木不温等の補充書第一点並に第二点を含む)について、

一、右各所論中、被告人は本件犯行当時飲酒酩酊の結果心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたと主張する点につき審按するに、神谷亨、渡辺たみ、阿部保信の司法警察員に対する各供述調書、原審証人神谷亨の証言、及び被告人の昭和四〇年一二月一三日付司法警察員に対する供述調書(記録二六二丁)に照らすと、被告人は昭和四〇年一二月一〇日午後六時頃のタ食時、及び翌一一日午前一時頃の夜食時に、工事現場附近の食堂で大工仲間と飲酒した事実は明らかであるが、酩酊の程度はその後の仕事に差し支える程のものとは認められず工事現場の三階に居つて仕事の監督をしているので、到底心神喪失は勿論、心神耗弱の程度にも至らなかつたと認められる。それ故心神喪失ないし心神耗弱の主張を認めなかつた原判決は正当であり、論旨は理由がない。

二、次に、各所論中被告人の殺意を否認する点につき本件記録を精査して勘案するに、被告人が原判示のとおり、直径約四センチ、長さ約一メートル、重さ約二キログラムの鉄製パイプを両手に持つて被害者相原泉の頭部を横殴りに強打し、同人を死に致した犯行の外見、態様からみると、少くとも未必的殺意を推定し得るが如くである。

然しながら、一方、原判決の挙示する被告人の昭和四〇年一二月一三日付司法警察員に対する供述調書(記録二六二丁)を検すると、被告人の供述として「私は被害者相原が文句を言うのでかつとなり、その場にころんでいた鉄製配管パイプを右手に持つて殴つてやろうという気になり、いきなり相原の頭を力一杯殴つた。夢中で殴つたが殴れば怪我をすることは判つていた。…………相手はうつ伏せに倒れ、額から血が流れ出ているのが見えたので、その瞬間えらい怪我をさせてしまい困つたことになつたと思つた。」との記載があり、又、被告人の同月二五日付検察官に対する供述調書には「私は冷静に考えれば、そんなパイプで相手の頭などを殴れば相手が死ぬかもしれない位の事は分る訳だが、その時はそんな事を考えているだけの気持の余裕はなかつた。私はもう後先のことは考えず、どうなつてもいゝわ位の気持で殴つてしまつた。」との記載があり、これらはいずれも殺人の故意ないし未必的故意を認めたものとは受取り難い。その他、被告人のその余の供述調書や、原審公廷の供述に照らしても、殺意のあつたことを認めるに足る証拠は存しない。

記録によると、被告人は大工の小林登一郎が土工の相原泉と口論をしているところに来かかり、予て土工達を快からず思つていたのと、その時工事の進み具合や請負代金の事で不機嫌になつていた事その上飲酒していたこと、小林が自分の義兄に当ること等から、急にかつとなつて小林に加勢する考えで相原を殴打したことが窺われ、相原個人とはそれまで面識もなく、固より何の遺恨もなかつたことが明らかであるから、殺人の動機としては極めて薄弱といわなければならない。又、使用した兇器も偶々その場にあつた鉄製パイプで、これを拾つて一回殴打し、その結果、約二一時間経過後死亡するに至らしめた点を綜合して考えると、たとえ、犯行の外見は前記のとおりであつたとしても、それだけで直に被告人に対し殺人の故意乃至未必の故意を認めるのは困難であり、傷害致死罪に該当すべきものと思量される。

果して然らば、被告人に対し殺人の故意を認めた原判決は事実を誤認した違法があるというの外なく、右は固より判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。

弁護人佐々木不温の控訴趣意第二点について、

所論は、原判決の法令の適用の誤りを主張するものであるところ、前段認定のとおり、原判決は事実を誤認した違法があり、その結果法令の適用を誤つたことが明らかであり、右は固より判決に影響を及ぼすものであるから、この点の論旨も結局理由あるに帰し、原判決は破棄を免かれない。

よつて、被告人並に各弁護人の量刑不当に関する論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第三八〇条第四〇〇条但書に則り原判決を破棄し、当裁判所において自ら次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、幡野組の棟梁として山梨市小原西三六九の五一番地山梨電報電話局局舎の新築工事を請負つた根津建設から、同工事現場の大工仕事を請負い稼働していた者であるが、昭和四〇年一二月一一日午前一時三〇分頃、同工事現場の北岡ウインチ台附近において、自己の義兄であり幡野組の大工である小林登一郎が、同工事現場で根津建設の下請工事に従事していた初鹿組の人夫相原泉(当二五年)と些細なことで口論しているのを見かけ、小林登一郎に加勢するため、やにわにその場にあつた足場用鉄製パイプ(直径約四センチ、長さ約一メートル、重さ約二キログラム)を拾い上げ、これを両手に持つて相原泉の頭部を横殴りに一回強打し、よつて同人に頭蓋骨陥没骨折硬脳膜下出血、脳挫滅等の傷害を負わせ、その結果同日午後一一時四〇分頃同人を同市上神内川一、一四三番地加納岩病院において死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第二〇五条第一項に該当するので、その所定刑期範囲内で被告人を懲役四年に処し、当審訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井文治 目黒太郎 渡辺達夫)

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